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立夏がこんなワガママを言うのは初めてだ。
間に合わないかも知れないと思いながら、今日まで行けないと言えずにいたのは、自分から誘ったことで、立夏が楽しみにしていると知っていたから。
もっと早くに言っていたらよかったと草灯は後悔する。
初めてに等しい立夏のワガママを叶えてやりたい。
「……じゃあ…明日、行ける時は朝電話するよ。行けなければ連絡はしない。電話がない時は、諦める…。
約束出来る?」
今の草灯が出来る最大で最小の約束だ。
どうして、そんなにこだわるのか…来週じゃ嫌だなんて、声を震わせる立夏に対して疑問はある。
だけど今、ゆっくり話を聞く時間がない。
しばらく黙った後に「わかった」という短い返事が返ってきた。
立夏との電話を切った後も、草灯はしばらく携帯を手にしたまま動けない。


行ける時は電話をする、行けない時は電話しないというのは逃げだ。
我ながら狡いと思う。
やっぱりムリだと言って立夏の寂しがる声を聞くことから逃げるためだ。
考えていても仕方ない。
今は絵に集中をして出来るだけ早く仕上げるしかないけれど、進行状況は到底、明日約束している時間には間に合いそうもない。
どうせがっかりさせるのなら期待なんてさせない方がいいということもわかっている。
でも、あんな風に我儘を言う立夏に断ることは出来なかった。
(命令すればいいのに…)
立夏が命令するなら、立夏を優先するのに──…。


午後を過ぎてようやく草灯は学生展に出展する絵が完成した。
絵の具が乾くのを待つ間に出展に必要な書類を書き、添付して提出した。

「草ちゃん、終わったんだ」
絵の具が渇くまでの間に筆や絵皿を片付け始める草灯にキオが羨ましそうに「いいなぁ」と言う。
「なんとかね」
片付けながら答える草灯は苦笑する。
「手伝う気、ない?」
「ない」
あっさり即答する草灯にキオはひどいだの冷血漢だの、ひとしきり騒ぐ。
「迷惑になるから静かにね」
まだ終わってない者もいて徹夜明けで締め切りが迫っているため、露骨にうるさそうな視線を向ける者もいる。
普段は同じゼミで親しくしていようと、作品のことになればライバルだ。
「悪いけど用事があるから帰る」
「そうなんだ?その用事って一人?誰か一緒?デート?もしかして立夏?」
キオは矢次早に質問をしてくる。
「立夏と約束してたんだけどダメになっちゃってね。珍しく渋られたから…」
「ガキがダダこねるのなんか珍しくないだろ。ゴネたって都合ってモンあるんだし」
「違うんだ。オレが無理なのわかってたのに直前まで引き延ばしたから。もっと早く断っておけばよかったのに前日になってキャンセルしたから」
片付けをしながら話す草灯の表情には後悔や未練といった感情が見える。
昨日から草灯が焦っていたかと思うと苛ついてたり、かと思えば落ち込んだりしていたのはキオも気付いていた。
立夏が渋ることを珍しいと言う草灯自身、そんな態度や、何かを悔やむような表情をすることも珍しいことだ。

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