Regret
土曜日は授業を殆ど入れていない草灯は、今日は午前中に大学に行き、絵の仕上げをして、それが済んだら立夏を誘って少し出かけようかと今日の予定を考えていた。
慌しく階段を登る足音の後、ドンドン!と乱暴にドアを叩く音に、草灯は何事かと玄関のドアを開くと、訪ねて来たのは立夏だった。
「草灯!」
「立夏、どうしたの」
走って来たらしくまっかな頬をして肩で息をしている。
手にしていたものを見せてくる。
「何?」
「こいつ、助けて!」
何か必死な様子だ。
立夏が抱えているタオルをめくって見せてくる。
「猫?…ずいぶん小さいな」
立夏が抱えているのは、生後間もない仔猫だった。
「ウチのそばで生まれて親猫がいないんだ」
「立夏、勝手に連れて来ちゃだめだよ」
草灯の注意に立夏は首を振る。
「他の仔猫連れてってコイツだけ置いて全然戻って来ない。泣かなくなってこのままじゃ死んじゃう」
一気に話す必死な立夏に草灯は弱ったなと思いながら、とりあえず立夏に入るように促す。

その仔猫はまだへその緒もついている。
生まれて数日しか経っていないのだろう。
正直、こんなに小さくて母親がいないのでは助かる保証などない。
子供の両手に乗るくらい、大人の草灯なら片手に乗るのではないかという程、小さい。

「なに、コイツ?うわ、小っせぇー」
「ぐったりしてんな」
立夏が抱えているタオルに包んだ仔猫を、奈津生と瑶二は興味深げに覗きこんでいる。
「飼うことは出来ないよ」
「元気になるまででいいんだ」
「そんで放すのか?ハンパにすんならコイツ置いてったオヤと同じだろ」
「猫は家につくって言うし人に育てられたら放すのは難しいんじゃない?」
瑶二と奈津生の言葉に立夏は「学校で飼ってくれる人探す」と答える。
「それ以前にもしかしたら、助からないかも知れないよ?」
「このまま死んじゃうよりいい。何もしないより」
草灯はあえて一番酷なことを話す。
立夏は自分ではどうにも出来ないから、大人の協力を求めたのだろう。
だけど不可能なことや、どうにも出来ないこともある。
もしも助からなかった時に子供たちが傷つくのを最小限にするため、わざと最悪の事態を話す。
希望や期待をさせて傷ついた時の方がきっと、辛くなるだろうから。
無論、草灯とて感情としてどうにかしてやりたい気持ちにならないわけではない。
大人ならどうにか出来るんじゃないかと頼って来たのなら、それは間違いだし、大人だって出来ることと出来ないことがある。
もう少し育っているならまだしも、こんなに小さいと助かるかどうかわからない。
期待されても困るのだ。

「これ、ちょっとだけど病院とかエサ代に…少しずつでもちゃんと返すから」
立夏は仔猫を抱えたままバッグから財布を取り出し、持ち合わせの全額を出し始める。
「立夏、ちょっと待って」
「お願いだから助けてやって!」
袖を掴んで必死に頼んでくる立夏は泣きそうな顔をしている。
「…わかったよ」
「元気になったら飼い主探すから!それまでちょっとずつでもエサ代とか払うから」
握り締めたわずかな金額を差し出してくる立夏に草灯は苦笑する。
「それはいいから。しまって。お金はいらないよ」
「でも……」
「そんなに必死に頼まれたら協力しないわけにいかないよ」
苦笑しながら草灯は立夏の頭を軽く撫でる。
「だめ。だってオレが頼んでみてもらうんだから」
「それより、立夏も協力してくれないと」
「それはちゃんとする。学校終わったら世話しに来る」
「じゃあ、そのお金はしまって」
「ちょっとしかないけど…受け取って」
引かない立夏にどうしようかと草灯は考える。

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