ささやかな幸福

「草ちゃーん、材料学の資料」
草灯宅を訪れたキオは、ドアを開けるなり大きな声で言うが、床に座ってテレビゲームをしていた仔猫二人にうるさげな視線を向けられる。
「あれ、草ちゃん寝てんの?」
部屋を見回すとこの部屋の主の姿はベッドにあった。
「どうすっかなー」
キオは頭を掻きながら、ふと気付く。

床に置かれた小さなバッグ。
いつもそのバッグをいつも肩から下げている人物。
持ち物があっても本人がいない。

「…立夏、来てたのか?忘れもの?」
「立夏?」
立夏のバッグを持ち上げるキオに瑶二と奈津生はクスクス笑い、奈津生は指差す。
「立夏ならそっちにいるよ」
奈津生が指差す方にキオが視線を向けると、その先は草灯が寝ているベッドだ。

よく見ると、背中を向けて寝ている草灯の脇に小さい手が見える。

思わず手にしたバッグを取り落としそうになって、キオは焦った。
「あっぶね〜…」
立夏のバッグにはいつも持ち歩いているデジカメが入っているはずだ。
もし落としたりしたら壊れてしまう。

「一緒に寝てるわけ?」
ベッドに近づいて見てみると、草灯に寄り添っているせいで立夏の姿はよく見えないが、黒髪とミミが少し見える。


「起こすとうるさいから、起こすなよ」
「草灯の機嫌が悪くなるとオレらにとばっちりが来るんだから」
そんなことを言う仔猫二人をキオは見て、息をつく。
「起こさないよ」
仕方なしにキオは勝手に草灯の机を漁る。
「資料、借りてくからって起きたら伝えといて」
目当ての資料を見つけてキオが言うと、二人から「えー」という不平不満の声があがる。
「面倒くさーい」
「忘れるかも」
「一緒に住んでるんだから伝言くらいしてくれたっていいじゃん」
「「べつに一緒に住んでるわけじゃねぇもん」」
二人同時に同じことを言う奈津生と瑶二に、キオはハァ…と肩で息をつく。

キオは肩から下げているバッグの中からノートを出すと1ページ破いて、資料を借りたことと名前を書いてテーブルに置く。
そして帰ろうとしかけて、書き置きに一文を付け足した。

「起こさないのか?」
「起こすなって言ったのおまえらだろ」
「なんだ。叩き起こして変態って罵ってやればいいのに」
「キオらしくなーい」
奈津生と瑶二は面白がっているようだ。
確かにいつもなら、そうするだろう。
草灯を叩き起こして、変態だのロリコンだのと罵って、それから…。

だけど。

ベッドで眠る草灯の背中と、そっと草灯の身に置かれた小さな手。

その様子を見るとキオは到底そんな気にはなれない。
「おまえらこそ騒いで起こさないようにな」
それだけ言ってキオは草灯の家を出た。

立夏と寄り添って眠るなんて、きっと草灯にとってはささやかな幸せなのだろうとキオは思った。

ずっと、怪我が多くて殺伐としていた草灯は最近は怪我も減っている。
立夏と出会ってから草灯は変わったようにキオは思う。
多分、立夏といることは草灯にとっていいことなのではないかと思う。

草灯は自分のことはどうでもいいような、ところがある。
投げ遣りになっているわけではないようだけど。
でも、草灯自身の幸せには立夏が必要なのかも知れない。
だから、ささやかな幸せを壊す気にはキオはなれなかった。

なんとなく癪に障るけれど。
でも――。

大切なものを守るように寄り添っているように見えたから。

「ま、いっか…しょうがないよな」
一人呟いてキオは降りたばかりの階段を、その上の建物を見上げた。

親友の幸せを壊すほど野暮でもなければ、仔猫の眠りを妨げるほど無粋でもないつもりだ。

二人が幸福ならそれを守ってやるのも、親友の役目だろう。
我ながらお人好しだとは思うが、それが性分なので仕方ない。

自己満足でも余計なお世話でも今はそれでいいような気がした。

〜END〜

キオちゃんっていい人だよねー
でもキオちゃん自身の幸せはどこに?
いや、まあ…あれですよ…
昼寝する親子みたいな、ね
そういうのはキオちゃんはたたき起こすとか出来ないかなっと
って、親子かよ……(自分で言ってがっくりきた)
再録:2006.6.8

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