HAPPINESS
12月21日
『立夏』の生まれた日
誕生日があるから今いるわけだが、立夏にとってはあまり実感がない。
この体がこの世に生を受けた日だから、間違いではない。
だからこそ、いるわけなのだが…。

「立夏、明日、誕生日なんだって?」
誕生日前日、立夏は夜になって草灯に呼び出され、ファミレスの奥まった壁際の丸いテーブルに沿って作りつけられた席に隣に座っている。
どこから知ったのか──多分、ユイコから聞いたのだろう──草灯は「お祝いしないとね」などと言う。


去年は清明もいたし、母親も清明が生きていた頃は今ほどひどくはなかったから、それなりにお祝いもしてもらったけれど、今年はどうだろうか?
あまり自分のこと、という感覚がないので別に祝って貰わなくてもどうということもないけれど。

「べつにいいよ」
「ダメだよ。立夏が生まれた大事な日なんだから」
お祝いなんてしなくてもいいと言ってふいっとそっぽを向く立夏に草灯は言う。

正確には、この体が生まれた日、だ。
だからまるっきり無関係ではない。
この体が生まれてこなければ、今の自分もない。
でもそれは立夏にとっては、とても複雑な気分にさせる。

自分などいなければいいのに。
早く元の「立夏」に戻ればいい。

そう考える立夏にとって、今の自分がいることを祝ってもらっても、そんなに嬉しくはないのだ。

今の自分のままでいることは、そんなに悪いことだとは思わない。
だけど、いちいち説明するのは面倒だし、他人には到底理解などされないだろう。
理解されようなどとも思わない。

難しい顔をして黙り込む立夏に草灯は、長い尾をそっと撫でてみる。
途端にビクッと小柄な体を震わせ、しっぽは脹らみ、振り向くと同時にキッときつい視線を向けられる。
「いきなり触るなよっ!!」
「ゴメン、つい触りたくなって」
長いしっぽを自分の身に添わせて頬を少し赤くして怒る立夏が可愛い。
最近知ったのだが、どうやらしっぽが弱点らしい。
触ると必ずといっていいほど、赤くなって怒り出す。
その反応が楽しくてついつい草灯はちょっかい出してしまう。
少しくらい触らせてくれたっていいのに。
意識を向けさせるには有効な手だが、機嫌を損ねたり警戒されるのが難点だろうか。
平日だし明日は立夏も、草灯も学校がある。
ユイコから電話で聞いて立夏を連れ出したのには訳がある。
「聞いたのが今日だから、プレゼントは明日あげるよ。
何か欲しいものある?」
「べつに……」
ゆるく首を振って立夏は素っ気無く答えた。

本当に欲しいものは言えない。
口に出して望んでも、手に入らないかも知れない。

母親も、清明も、草灯も自分のものではない──。

本当に欲しいのは自分を愛してくれる人。
唯一、そうだと思っていた清明は失われてしまった。
母親が愛しているのは自分ではなく元の「立夏」。

草灯は……。
全部、捧げるなどと言っているけれど、それは清明の命令だから。
すべてを手に入れているようで、絶対に自分のものにはならないのだ。
今も首に巻かれている白い包帯の下には、本当の草灯の主である人の名前が刻まれている。
自分といると草灯はその名に背き、血を流す……。
決して、自分のものにはならない証拠だと思う。

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