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「怒りっぽいな、立夏は」
ねー、などと言って草灯は猫にキスする。
「よせっ」
「やきもち?」
くすっと笑って猫を撫でる草灯に立夏はしっぽを膨らませる。
「違う!(バカ!)」
なんでやきもち妬かないといけないんだ、と立夏は眉根を寄せる。
猫になのか、草灯に対してなのか、どっちのことを言っているのかわからないが、べつに猫にキスしたくらいで妬くものかと立夏は思う。
「じゃあ立夏、好きな名前つけて」
「う?………」
いきなり言われても困ってしまい、間をおいてから「タマ」と立夏はぼそっと呟く。
「うわぁ、安易」
「ッ!悪かったなっ。おまえだって黒猫だからってだけでオレの名前つけてんじゃん。それは安易って言わないのかよ」
「大切な人の名前をつけるってところに意味があるんだよ」
草灯の言葉に立夏はミミをぴくりと動かす。
意味があるのか?と思いながらも、「大切な人」という単語に立夏は少し照れる。
「…っていうか、飼い主いるならちゃんと名前あるんじゃないのか?」
「そうだろうね。でも名前がないと不便だし」
「そうだけど…」
立ち上がってキッチンへ行ってしまう草灯に答えてから、ふと立夏は考える。

一人の時に名前を呼んで話しかけたりしてるのか?という疑問が浮かんだ。
この家で一人で暮らしている草灯が猫に話し掛けたりしてるなんて考えると、立夏なんだか笑いたくなる。

「何笑ってんの?」
「なんでもない」
草灯は料理のダシ用のにぼしを持って来て立夏に渡す。
「…立夏、それ……」
くくっと草灯は笑い出す。
「?」
「それ、猫にあげるつもりだったんだけど……」
にぼしをぽりぽり食べる立夏に、草灯は口元に手をあてて肩を揺らして笑う。
猫にあげるつもりで渡したら、立夏が食べてしまったのだ。
そうと知って立夏はかぁっと頬を赤くする。
「ッ…先にそう言えよっ」
「いや、べつに立夏が食べてもいいんだけど。立夏が食べると思わなかったというか。先に食べるとは思ってなかったなァ。
にぼし、好きなんだ?」
クスクス笑う草灯に立夏は顔を赤くしてしっぽを膨らませ、「やっぱ紛らわしい!」と言う。

「立夏」
「うん?」
呼ばれて立夏が返事をするのと同時に、猫も「ニャー」と鳴いた。
「こいつ、名前わかってんのかなぁ?
おまえも、りつかって名前のがいいか?」
言葉や意味を理解しているわけではないのだろうが、猫は立夏の言葉に「ニャー」と返事をしてくる。
「じゃあ、いいよ。おまえも“りつか”がいいなら」
「立夏は自分の名前、好きなんだ?」
「好きだよ。立夏って母さんがつけてくれたんだって。理由は知らないけど。
響きとか…ちょっとない名前だし」
「そうだね」
そう答える草灯自身も、草灯という名前もちょっとない名前だ。
「名前呼んでもらうのも好きだな」
床にうつ伏せに寝転んで立夏が猫の喉を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らす。

立夏という名前は夏の季語が由来になっているようだ。
しかし立夏は冬生まれで、夏の季語が由来ということには矛盾がある。
どういう理由で母親が“立夏”と名づけたのかは知らない。

兄の清明はその理由を知っていたようだが、母親の日記に理由が書いてあると言っていた。
知りたいのなら母親の日記に書いてある──。
清明はそう言っていたけれど、肉親であっても他人の日記を盗み見ることは抵抗があるし、してはいけないことだと立夏は思う。
断りもなく人の日記を見るということは、まるで秘密を暴くような罪悪感がある。
いつか聞いた時にその理由を教えて欲しいと思っている。

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